はてなブックマークの現状に見る「はてな」的善意の限界

はてなブックマーク絡みで盛り上がっている話題に便乗して。


まず、僕が読んだ記事の中で特に問題の中核を突いていると思えたものをピックアップして紹介します。

それぞれのエントリーの詳細な内容はリンク先をご参照ください。


多くの方が指摘していることではあるのですが、今回の「はてなブックマークでの批判的コメントを許可すべきか否か」という議論は、はてなブックマークのシステムの構造的問題から生まれているものであって、例えば(今回の問題を起こした)「非モテ論者」の方々の人間性ですとか態度ですとかに重大な問題がある(故に引き起こされたことである)、というわけではないと思います。実際に今回の問題の端緒を切ったのは「非モテ論者」の方々のブックマーク上での態度であるため、一見利用者の個人的問題に帰結できそうな話ではありますが、実際問題としてそういう事ではないと。


50字というコメントの字数制限が持つ限界故に冗談を冗談として伝えることが出来なかったり、批判が(きちんとした文章に組み込まれた同内容のそれ以上に)批判を向けられる側にとってきつい印象を持つものになってしまったり、被ブックマークサイトの運営者が批判的コメントを書いたブックマーカーにコンタクトを取るのが(一見どうすればブックマーカーのウェブサイトなりメールアドレスなりの情報を入手できるのか分からない、そもそもウェブサイトやメールアドレスを掲載していないブックマーカーもいるなどの理由で)難しいなどの(今回指摘されている)諸問題は「はてなブックマーク」というサービスの内包しているシステマティックなそれであって、個々のブックマーカーの資質や人間性に還元されるような類のそれではないと思います。僕が巡回したサイトでは「ブックマーカーリテラシーの向上」「コメントについての自治的なルールの設定」などの、どちらかといえばブックマーカー側の態度の向上に期待するような案がいくつか見られたのですが、ことさらに「自己責任」(笑)を強調する新自由主義者の言い分でもあるまいし、構造自体に欠陥があるものの上で行われている行為に欠陥が見られたからといって、行動を起こしている個々人へその責任を最終的に帰結されるような論理の進め方は誤りだと思いますし、勿論個々人の態度が向上されること自体はいいことであるにしろ、それを行う為のインフラが整っていなければ実質どうにもしようがないと思います。


また、上記したような「ブックマーカーによる自治を行え!」的な論調に賛同できないもう一つの理由として、今回の議論は「はてな」というコミュニティが纏っている一種の善意的性質というか、「コミュニティ上で揉め事が起こっても、当事者間のコミュニケーションで大抵の問題は解決できる」という前提が崩れたが故に起きているもののように思えるということがあります。あるいは「はてなブックマーク」というシステム自体が、それ自体がコミュニティ的な性質を帯びながら、被ブックマークサイトという「外部」に接続していることによる「内部=コミュニティ」と「外部=被ブックマークサイト」との意識のズレが、問題の多くを引き起こしているのではないかと考えていると言ってもいいでしょう。


今回遡上に上がった「非モテ」問題などは(コミュニティとしての)「はてな」ではもうずいぶん長い間議論が続いているそれで、それゆえに今回の揉め事の当事者となった「非モテ論者」の方々の間にも、一種の共通前提というか「こういう行動が起きたらこういうことだよね」とアイコンタクト一つで了解できるような空気が生まれていたように思います。今回問題になった「死ねばいいのに」というタグは、必ずしも本気で(被ブックマークサイトの運営者の)「死」を願ったり、或いは直接的に「死ね」と言いたいが故につけているものではなく、ダウンタウンのネタを拝借した一種のブラックジョークである、という「共通前提」もまた、そうした(ある種ムラ社会的な)「空気」の中に含まれていた一要素だったのでしょう。しかし、被ブックマークサイトの運営者には不幸にしてそれが通じず、自分に向けられた本気の殺意ないし悪意だと(そのブックマークコメントを)勘違いしてしまった。故にサイト閉鎖という手段に出た、あるいは出ざるを得なかった、と。


これははてなブックマークと言うシステム自体もその中で醸成されている「空気」も理解している、要するに「はてな」というコミュニティの中にいるブックマーカーと、はてなブックマークというシステムそれ自体すら何を意味しているのかわからない、わかったとしてもその中で醸成されている(コミュニティ的な)雰囲気を一見して理解することが出来ない被ブックマークサイト運営者との決定的なディスコミュニケーションであり、またはてなブックマークがそのシステムの目的として「外部サイトへのリンク」を必要としている以上、解消することの出来ない両者の意識の溝であると思います。これを解決するにはあらかじめブックマーカー側が「はてなブックマークとはこういう場所ですよ」と被ブックマークサイト側に何とかして伝えるか、もしくはこうしたコミュニティ的な利用の仕方自体を改める他ないのではないかと感じます。


最初に少し書きましたが、僕は「はてな」というコミュニティは基本的に(提供者と利用者の)「善意の連帯」とでも呼べそうなコミュニティ的な連携に支えられて今まで上手く回ってきたと考えていて、それが時にはムラ社会的な抑圧やいざこざを生んでいたのは事実であるにしろ、明確な異分子や荒らしもことさらに排除すること無くコミュニティの中に取り込み、ユーザー間のコミュニケーションを円滑に機能させてきたのはまさにそうした「善意の連帯」であるのは疑いようも無いと思います。しかし今回のはてなブックマーク問題では、コメント数の制限故に(ダイアリー上では上手く機能していた)はてなユーザー間のコミュニケーションが上手く機能していないことや、そもそも必ずしも「はてな」というコミュニティに所属しているわけでもない外部=被ブックマークサイトがシステムの中核に近い場所にいることから、恒常的に「内外」の軋轢が起こるような事態が生まれてきてしまっているのだと思います。こんな状態で提供者側がユーザーの善意に凭れ掛かるようなことを書いても、結果的には詮無いことでしょう。


コメント欄でのコミュニケーションを楽しまれているブックマーカーの方にしてみれば残念なことでしょうが、やはりこのように中途半端なコミュニケーション機能はスッパリ廃止してしまうのが、今後「はてなブックマーク」というシステムが「円滑に機能する」為には必要なのかもしれないなあ、と思いました。

※追記

ブックマークコメントやコメント欄でのご指摘を受けて。


「コメント欄の廃止」という、見方によっては一番極端な結論に達したことに違和感を表明されていた方が多かったように思えたのですが、僕がこの結論に到ったのには二つほど理由があります。
一つは(エントリー中で説明したような)今までの「はてな」のコミュニティ運営の方法からして、常駐監視スタッフによる中傷的なコメントの削除、ブックマーカーと被ブックマークサイト運営者間のトラブルの調停などのミクロでユーザーに密着した「コメント欄管理」は行ってくれない可能性が高そうだということ(「ユーザーの善意の連帯」を頼みにするコミュニティ運営者が、ある意味でユーザーへの不信頼の表明である警察的行為の実行に踏み切るとは考えにくいため)、二つは従来通りのコメント機能を保ちながら、システム変更によって外部←→内部間のトラブルを防止すること(具体的にはスラッシュドットのようなコメントの「閾値」の設定や、コメント欄のインビジブルモード化など)が技術的に難しいのではないかと思えることです。二つ目の方は技術論に全く素人の僕の勝手な予測であるので、実際には簡単に行えることなのかもしれませんが、どちらの案にせよ、一部のユーザーが騒いでいるに過ぎない現状で、「はてな」側が手間もコストもかかりそうな方法を取りたがるとは考えにくいので、技術的にもコスト的にも一番簡単と思える「コメント欄の廃止」というアイデアを今回は支持しました。


そこまで潔癖にしなくてもいいのではという感想はごもっともですが、id:tkingさんがコメント欄で指摘されているように、「このまま行くならいずれ2ちゃんのネットウォッチ板に相当するような外部評価を受けることになるかも知れないが、運営側がそれでいいと思っているのか」ということが現時点での僕の最大の心配事であり、多少大雑把でも出来るだけ迅速な問題解決の為の処置を「はてな」側に希望する理由でもあります。このまま外部←→内部間のトラブルがはてなブックマークのコメントシステムによって頻発するような事態が起きつづけるとすれば、tkingさんが言われるそのままの外部評価を「はてなブックマーク」、ひいては「はてなブックマーカー全員」が受けてしまうことになりかねません。
id:dimさんのエントリー「はてなブックマークが2ちゃんねる化している件について」等を読ませていただいた時にも感じたことなのですが、はてなブックマークのコメント欄はその各idの表記の方法や一行掲示板的な見た目から、感覚的にも実体的にも「URLに注目している人々の群体」を連想させるものになっており、(「名無しさん」という群体で表現される2ちゃんねる住人のように)「個性を埋没したユーザーの集合体」と見なされても違和感が無いようなスタイルになってしまっています。idを表示しているのだからいいだろうという方もいらっしゃるでしょうが、それぞれのidが「ユーザー名」を表現していることすら知らないかもしれない外部の被ブックマークサイトからすれば、それが「2ちゃんねるの名無しさん達が匿名で好き勝手言っている光景」と同一視されたとしても何ら不思議ではないですし、そうした「群体として振る舞うユーザー達」について群体としての批判が行われたとしても、同様に不思議ではないと思います。


9月あたりに盛り上がった「一部の人」論争ではありませんが、そうした「群体としての批判」を受けたはてなブックマークユーザーたる我々が、「変なコメントつけてるのは一部の人!」「ブックマーカーは悪くない!」と声高に主張したとて、上記したような認識を持ってしまった外部の人間にその理屈を納得させるのは極めて難しいと思いますし、そもそもそうした状況が(全体の極一部であっても)あることを知りながら、それについて(そのユーザーが)何の反論も批判も行ってこなかったとすれば、それだけで「集団としての」責任を問われる可能性は十分にあると思います。
もちろん、こうした場合に最大の非難の対象とされるのはそうしたユーザーの行動を許してしまった「株式会社はてな」なのは自明で、そのためにも出来るだけ早い問題への対処をこうして自分なりに呼びかけているわけなのですけれども。


最後に。
僕は今回のエントリーで、主に「はてなブックマーク」というシステムそのものが持つ構造的な問題に目を向けて批判を加えましたが、いみじくも山形浩生さんが稲葉振一郎さんのブログのコメント欄で仰られていたように、システムとは本来それを利用する人間のミクロな行為の積み重ねで形成されているものに他ならず、人間の身体に直結しているものなのだと思います。本日から僕は自分のはてなブックマークにおいて持論に従い一切のコメントを禁止し、「はてな」側から現状を打開する何らかの対策が講じられない限り、今年一杯をもって他のブックマークサービスにソーシャルブックマークを移行するつもりでいます。別にこのエントリーが「注目のエントリー」にアップされていたから言うのではありませんが、もしこのエントリーをお読みくださった「はてな」スタッフの方やはてなブックマーカーの方がいましたら、ご自分なりに(身体の延長たる)「システム」を少しでも変えていく為に何かご行動を起こしていただければ嬉しいです。